広仁会広島支部 > 特別講義『異分野3教授に聞く』 > 平成27年度の講義




 会員が卒業以来様々な年月が経ち、現在、我が母校広島大学医学部でどんな活動がなされているのかを知り、勉強する機会を得ようという目的で、昨年度から3名の教授にミニレクチャーをして頂いております。昨年度も大変好評でした。「広島大学・異分野3教授に聞く、最新医学の分かりやすいお話〜広大は今、最新医学が分かる20分レクチャー〜」と題して、茗荷浩志幹事(昭和59年卒)の司会で開始されました。



平成27年度の講義(H27.5.16)

広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 基礎生命科学部門 
分子病理学(旧第一病理学)教授 安井弥(やすいわたる)先生(昭和57年卒)
 安井先生は「世界の胃がん診療における日本の病理の役割」と題しお話をされました。胃がんは減っているとは言え、まだまだ世界で5番目の発生頻度で、死亡率も肺がん肝がんに続き3番目です。世界の胃癌の65%は日中韓に発生しています。今から100年前の1915年、山極勝三郎先生が、ウサギの耳にコールタールを塗って扁平上皮がんを発生させ、世界で初めて人工発がんモデルを作られました。1966年にラットの胃がんモデルの作成や、ヘリコバクターピロリがプロモーターとなって砂ネズミの胃に胃がん発生するという動物モデルも日本で作られました。胃壁に住みついたヘリコバクターピロリは、その針で胃の上皮細胞にCagAというタンパクを打ち込み、胃上皮細胞のシグナルを撹乱することで癌化を誘発させると考えられています。
  教室では安井先生が教授になられてから、トランスクリプトームダイセクションによるがん特異遺伝子同定と、それを使った診断、治療法開発への応用を研究してこられました。その成果の代表的なものが、REG4とOLFM4(オルファクトメジン4)という非常に感度の高い胃がんの血清診断マーカーを見出されたことです。この2つを組み合わせてELISA法で検出すれば、腫瘍マーカーが上昇する前に、60%の胃がんをstage Iからでも検出できるとのことです。また、このREG4は抗がん剤である5FUの作用を抑制する働きがあり、5FU抵抗性胃がんのマーカーにも成り得ます。最近、タンパクをコードしないRNAが多くの機能を持っていることが発見され、注目されていますが、現在教室では消化器がんの発生進展におけるmicro RNAの意義についての研究がなされています。以前、教室では、EGFレセプターの過剰発現、HER2,c-METの遺伝子増幅を報告されています。これらは現在、HER-2陽性胃がんに対する分子標的治療薬であるハーセプチンの認可と、最近、VEGFR2に対する分子治療標的治療薬であるラムシルマブが切除不能進行胃がんに対して承認された事につながっています。現代は、少し前の分子、遺伝子異常の研究の時代から、分子診断、治療への応用に移行する時代に来ているとのお話をされました。

広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 応用生命科学部門 
消化器・移植外科学(旧第二外科学)教授 大段秀樹(おおだんひでき)先生(昭和63年卒)
 大段先生は「肝癌とNK細胞」のお話をされました。非代償性肝硬変に合併した肝癌に対しては、肝移植が唯一の治療となりますが、進行した肝癌症例では移植後の再発率も高いのが現状です。肝移植の際のドナー肝を灌流して回収したNK (natural killer)細胞を、IL-2とOKT-3を加えて培養し、肝移植3日後に点滴静注することにより飛躍的な再発抑制効果が認められ、大段先生はこれを研究、臨床導入され成果を上げられています。肝癌肝移植の適応はミラノ基準(遠隔転移なく脈管侵襲なく、単発では径5cm以下、複数個の場合は3個以下で最大径3cm以下)で決められます。術前ミラノ基準内だと思っても、術後の病理学的検索でミラノ基準を逸脱した症例は再発率が高く、これらに対して術後NK細胞療法を行わなかった場合の5年生存率は20%弱なのに対し、行った場合は70%以上と著明改善しています。米国の複数の大学からNK細胞療法を導入したいとの申し出があり、大段教授が肝移植のトレーニングをされたマイアミ大学で現在phase I studyが終了し、18例全例無再発生存中との事です。
 更に、抗腫瘍活性におけるNK細胞の重要性は、移植という特殊な病態に限ったものでなく、肝癌切除後の再発因子としても大変重要です。NK細胞の潜在活性には個体差が大きく、この差が再発率の差となっています。このNK活性の個体差は、HLA class IとKIR (killer immunoglobulin-like receptors)を介して自己認識能を獲得している時に、HLAとKIRの組み合わせの多様性で差が出ると考えられています。骨髄幹細胞やiPS細胞からNK細胞を分化させる過程で必要なclass Iを曝露し、十分な抗腫瘍活性を持つように「教育」したNK細胞で肝癌切除後の抗腫瘍免疫療法を行うよう、研究しておられるとのお話でした。先生の世界的なご活躍を期待しております。

広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 応用生命科学部門
分子内科学(旧第二内科学)教授 河野修興(こうののぶおき)先生(昭和53年卒)
 河野先生は、「肺炎の分かりやすい話」と題して、特にご専門の間質性肺炎を中心にお話をされました。肺炎は我が国の死亡率の第3位となっております。間質性肺炎とは通常の肺炎である実質性肺炎に対する言葉です。間質性肺炎には300種があると言われており、@特発性(原因不明)は20万人位いるだろうと考えられていますが、その10%位しか診断できていないと推測されます。A膠原病に伴うもの。これは10万人くらいおられるだろうと考えられています。Bカビや鳥抗原による過敏性肺炎 C薬剤性間質性肺炎は割と多く1200種類の薬が起こす可能性があると言われています。中でも、抗がん剤で起こるものが多く、約1〜30%に起こるであろうと考えられています。抗がん剤だけで、少なくとも年間1万例の間質性肺炎が起こっているであろうと推測されています。Dその他(放射線、アスベスト、感染症など)に分類できます。間質性肺炎は年間約20〜50万人の患者さんが発生していると推定されます。それに対して実質性肺炎は年間100万〜150万例と考えられています。日本人の年間死亡者数は125万人で、肺炎死亡者数は12万5千人位で約10%です。実質性肺炎は死亡率が5%以下ですが、高齢者で頻度が高く危険なものは肺炎球菌、若年者はインフルエンザによるものです。中でも一番死亡率が高いものは、レジオネラによる肺炎です。それに対し、間質性肺炎は急性のものは死亡率が40〜80%、慢性のものでは死亡率はそう高くありませんが、原因により死亡率に差があります。慢性に経過し長期生存していく例も多いです。河野先生らが開発されたKL-6の血中濃度測定は、間質性肺炎の重症度を反映しており、EUでも認可されています。KL-6は正常肺にも存在しますが、肺胞の壁が壊れることによって血中に流出して高値を呈します。血中KL-6測定により間質性肺炎の重症度を評価し、原因に対して正しく対応すれば決して治らない病気ではないとお話しされました。


 我々一般の広仁会会員が、普段聴くことのできない広島大学医学部の研究のお話をおうかがいし、新鮮な感動のひとときでした。