広仁会広島支部 > 特別講義『異分野3教授に聞く』 > 平成28年度の講義




 会員が卒業以来様々な年月が経ち、現在、我が母校広島大学医学部でどんな活動がなされているのかを知り、勉強する機会を得ようという目的で、一昨年度から3名の教授にミニレクチャーをして頂いております。前2回の講義は大変好評でした。本年度は第3回で、「広島大学・異分野3教授に聞く、最新医学の分かりやすいお話〜広大は今、最新医学が分かる20分レクチャー〜」と題して開始されました。



平成28年度の講義(H28.9.24)

広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 基礎生命科学部門  
ウィルス学教授 坂口剛正(さかぐち たけまさ)先生(昭和60年大卒)
 坂口先生は「ウィルスとインターフェロンの競合〜それから考えられる新たな抗ウィルス戦略〜」と題しお話をされました。最近、1997年H5N1、2013年H7N9の鳥インフルエンザウィルスや、2014年エボラウィルスの西アフリカでの流行、2015年MERSウィルスの韓国での流行、今年のジカウィルスなど毎年ウィルスが話題になります。他のウィルスではワクチンによる対策も進んできています。また最近の話題としては、広大の発酵工学の先生が初めて見つけた、クロレラウィルスという、細菌と同じくらい大きな巨大ウィルスがあり、他にもパンドラウィルスなどや、ヒトの天然痘、水イボを引き起こすポックスウィルスもこの巨大ウィルスに属すという事が分かりました。
  さて、インターフェロン(INF)のお話ですが、ウィルスに感染し異常な核酸ができると、シグナル伝達によりINFβが産生され、次いで杭ウィルス蛋白が細胞の中に溜まり細胞は警戒状態になります。そこにウィルスが感染し2本鎖RNAができると、ウィルスが感染したと認識してスイッチが入り、宿主細胞やウィルスの蛋白合成を阻害するPKR等の酵素が活性化され、細胞がアポトーシスに陥ってウィルスごと細胞が自殺をして排除するという仕組みです。このようにINFはウィルスに感染した細胞が放出して、自己及び周辺の細胞を抗ウィルス状態にするサイトカインです。しかしウィルスの方もそれを無力化する機構を持っていて、マウスに肺炎を起こすセンダイウィルス(SeV)では、そのC蛋白が宿主細胞の転写因子STAT1に結合しINF産生を阻害します。坂口先生のグループではこのSTAT1-C結合複合体の結晶構造を解明されました。更にこの結合のアッセイ系を用いて、20万種の化合物ライブラリーの中から、9個の結合阻害剤候補を得ておられ、現在これら候補化合物の詳細な検討を行っておられます。将来的にSeVと非常に近縁なヒトパラインフルエンザウィルスについて、その抗INF活性を無力化して増殖を阻止する薬を得ることを目標としておられます。これが成功すると、ヒトの疾患の他のウィルスについても、同様のアプローチによって、新たな抗ウィルス薬の開発につながる可能性があるとのお話でした。

広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 応用生命科学部門
外科学(旧第一外科学)教授 末田泰二郎(すえだ たいじろう)先生(昭和53年卒)
 末田先生は「心臓大血管外科の最新治療〜T E V A RとTAVI〜」と題してお話をされ ました。心臓血管外科も低侵襲化の流れがあり、従来は開胸手術をすると大変大きな侵襲となる胸部大動脈瘤に対しても血管内ステントグラフトで治すT E VA R(Thoracic Endovascular Aortic Repair)や、カテーテル治療で、開心術をすることなく大動脈弁を置換する経カテーテル大動脈弁置換術(Transcatheter Aortic ValveImplantation)略してTAVI、が行われるようになってきました。本日は触れませんが、腹部大動脈瘤に対する血管内ステントグラフト治療はEVAR(Endovascular Aortic Repair)と呼ばれ広大病院でも年間50例以上行われています。最近高齢者が増えることに伴い、動脈硬化により動脈瘤も増加し、弁膜症による大動脈弁狭窄も増えています。これらの治療は、透視装置があり手術手技もできる手術室と同じ清潔環境のハイブリッド手術室でなされます。広大病院では2013年10月に、2方向の血管造影装置と64列のCTも備えたハイブリッド手術室が完成しました。ここで、全身麻酔下に通常は大腿動脈を外科的に切開して、麻酔科医の経食道心エコーの誘導のもと、カテーテルで大動脈ステントグラフト、あるいはカテーテル大動脈弁を入れております。
 まずTEVARは胸部下行大動脈瘤に対して行われるようになりました。従来の下行大動脈瘤手術では、開胸して部分体外循環を用い大動脈を遮断し瘤を人工血管で置換するのに5- 6時間かかっていましたが、経カテーテルステントグラフトでは開胸せずに1時間程度で済んでしまいます。また、鎖骨下動脈、総頸動脈が分岐する弓部大動脈瘤や、腎動脈などの分岐する腹部大動脈瘤に対しても、あらかじめこれらの主要血管分枝を人工血管で再建しておいて、大動脈にステントグラフトを入れる事で、適応範囲が広がっています。広大病院では、商業用ステントが使用可能になったこの5年間に228例施行しております。従来の手術に比べ、低侵襲性と簡便性のメリットはありますが、元々の血管が脆いため、解離を起こしたり脳梗塞を起こしたり、遠隔期に脆い血管が裂けるなどの合併症も時に見られるのも現実とのお話でした。
 次いで、高齢者が増加し動脈硬化性病変が増えることに伴い、世界的に大動脈弁狭窄症が増加してきました。従来は人工心肺下の開心術で大動脈弁置換術がなされていましたが、最近経カテーテル的に大動脈弁置換術を行うTAVIが行われるようになってきました。これは、生体弁を折り畳んで、大動脈弁の拡張用のバルーンと共にカテーテルに納め、通常は経大腿動脈アプローチで、あるいは大腿動脈が狭窄などで使用できない時は経心尖アプローチにて、狭窄した大動脈弁をまずバルーンで広げそこに人工弁を装着するというものです。人工弁の位置が心臓側にずれると弁が逸脱し大変危険で、末梢側にずれると冠動脈口を閉塞して心筋梗塞となるため大変慎重な操作が求められます。広大病院でTAVIを開始して11ヶ月で、高齢や条件の悪い方を中心に14例施行され全例概ね良好な経過です。

広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 統合健康科学部門
小児科学教授 小林正夫(こばやし まさお)先生(昭和53年卒)
 小林先生は、「造血幹細胞移植の進歩〜小児がん拠点病院としての取り組み〜」と題してお話をされました。現在、広島大学小児科学教室で取り組んでおられる研究項目は@まず一つがゲノム解析で、whole exon解析から色々な遺伝性疾患が見つかっており、原発性免疫不全症では転写因子STAT1、STAT3異常症やCTL4欠損症などの研究です。A疾患特異的iPS細胞の作成により、疾患の解明、創薬の研究をしています。B更に遺伝子編集により疾患を再現し、これが遺伝子修復という技術で治らないかを研究することC臍帯血から成人までの免疫系の発達、等を研究しています。臨床的活動としては、小児血液免疫腫瘍疾患を広大小児科としては長くやってきたので、その治療を確立していくこと。その一環としての造血幹細胞移植や細胞療法を確立していくことと、厚生労働省が小児がん拠点病院を設置することとなり、広大も評価採点が全国4位で小児がん拠点病院に選定されており、その活動をやっていくこと。広大病院にてんかんセンターができたので、難治性てんかんの治療を行う等であります。
 小児の死因の常に上位を占める小児がんに対して治療を進める中で、造血幹細胞移植の適応疾患が増えています。元々はリンパ性白血病で始まりましたが、現在では化学療法がよく効くほとんどの小児がんで適応となっております。また慢性肉芽腫症、好中球減少症などの先天性免疫不全症や再生不良性貧血、骨髄異型性症候群などでは、造血幹細胞移植で完全に疾患が根治されます。造血幹細胞移植の手技の基本は、前処置と呼ばれる自己の骨髄細胞を破壊するために抗がん剤と放射線治療を行い、あらかじめ採取しておいたドナー由来の造血幹細胞を輸注します。これが骨髄で生着し新たな造血を開始するまでの間、2-3週間無菌室管理となり、生着した後にはGVHDを予防しなければならないなど大きなハードルがあります。悪性腫瘍の場合、前処置と別に抗がん剤治療をしたりもします。移植法の分類としては、ドナーの側から自家移植や同種移植(血縁者や、骨髄バンクなどの非血縁者)に分けられます。また骨髄細胞を用いるものと、末梢血、臍帯血を使う場合があります。前処置も強い前処置をするものから、あまり骨髄を壊さないものまであります。小児悪性腫瘍(血液がん、固形がん)の場合、移植をすることにより約50%が助かっております。再生不良性貧血等では8割から9割が助かるような時代になってきております。小林先生が教授になられた2003年から13年間で192例220回の造血幹細胞移植が行われました。先進治療病棟に4室のバイオクリーンルームを作って頂いて移植件数が更に増加しており、特に慢性肉芽腫症、好中球減少症などの先天性免疫不全症の移植では広大病院は定評があり、移植患者さんが全国から来られています。同種移植の場合、HLAの8抗原を一致させるのが拒絶反応の点で有利ですが、骨髄バンクで非血縁の場合7/8〜8/8のHLA一致率が必要です。そうするとドナーが見つからないことも3割くらいあり、それを補うために親子間での血縁ハプロ移植を行っています。これはHLAが4/8しか合わないためGVHDはやや強いですが何とかコントロールできるようになっており、この血縁ハプロ移植はほとんどの患者にドナーが見つかる(兄弟で75%、親子なら100%)という利点があります。ところで、これら移植患者さんの家族が安価で長期に宿泊できるファミリーハウスも、小児がん拠点病院の認定評価項目に入っており、この度、広大病院の前の出汐1丁目に造って頂きました。運営は基金でなされており、広仁会会員の皆様のご寄付もよろしくお願いいたします。


 今回で第三回の特別講義では、我々一般の広仁会会員が、普段聴くことのできない広島大学医学部の研究のお話をおうかがいし、新鮮な感動のひとときでした。