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令和2年度の講演(R2.9.26)

広島大学大学院医系科学研究科 坂口 剛正教授(名古屋大昭和60年卒)
「新型コロナウイルスの広島での流行と検査業務」

 新型コロナウイルスにより、私たちの生活は非常に大きく変わりました。ソシアルディスタンス、テレワーキング、マスク、そしてコンビニにビニールシートが下がっています。
 ウイルスは細胞ではなく、本体は「さまよえる遺伝子」です。新型コロナウイルスの名前はSARS-コロナウイルス-2(SARS-CoV-2)となっていますが、これは、ポリメラーゼの配列が、2002年に発生したSARSコロナウイルスと比べて96%以上一致しており、生物学的な分類上、同じ種なので「-2」とつきました。コロナウイルス科は、1960年代から、ヒトのかぜ(感冒)のウイルスとして4種類が知られており、それから2002,2012年のSARS,MERSとして重症肺炎を起こすウイルスが出たのですが、遺伝子的に、これらは近いのです。
 遺伝子には、ポリプロテインという大きな蛋白やS,E,Mタンパク質などがコードされています。ウイルスがどのように細胞に入り、どのように出てゆくか、というライフサイクルにおいて、核は関係なく、細胞質で増えます。細胞に侵入すると、遺伝子そのものがメッセンジャーRNAですぐ蛋白ができ、プロテアーゼが切り分け、酵素ポリメラーゼになり、自分と同じものを複製し、最後は小胞体とゴルジ体の間のintermediate compartmentから出てゆきます。
 このウイルスの宿主レセプターはACE2で、細胞に結合した後は、細胞表面で宿主のプロテアーゼTMPRSS2によりSタンパク質が切断されて膜融合がおこり、細胞内に侵入します。(他のコロナウイルスの一部はそのままエンドサイトーシスをされ、ライソゾームに行く途中、カテプシンで切断されます。当初クロロキンというマラリアの薬が効くと言われ、トランプ大統領も服用したのですが、これはエンドソームのpHを上げて侵入を防ぐものです。結局あとで効かないということがわかりました。)侵入したあとに、ゲノムRNA(=mRNA)が5’部分から翻訳され、リボソーマルフレームシフトがあり、できた大きなタンパク、ポリプロテインは、ウイルスのプロテアーゼにより16個のタンパクに切り分けられる。このプロテアーゼ阻害剤としてHIV-1のプロテアーゼ阻害剤が働きます。このように作用機序を理解して薬を作ってゆくことが大事です。
 広島で分離したこのウイルスの広島株を培養細胞にかけると、1日たつと様子が変わって来ます。細胞融合をおこし、巨細胞になる。もうしばらくたつと、細胞が剥げてきます。培養細胞は生きが悪くなると底に着いていられなくなり、死ぬと浮いてきます。培養細胞で見る限り、非常に変化が早く、細胞融合が特徴的です。細胞融合が生じると核がリング状に集まります。当科助教の先生が電子顕微鏡写真を撮ってくれましたが、インフルエンザウイルスよりも丈夫で、操作の過程で壊れにくいようです。
 Nextstrainのウェブサイトでは、全世界で調べられた15,000本くらいのゲノム塩基配列を、近いものを近くに記載して分子系統樹が作られています。系統樹では、分離された場所で色を分けています。最初のころは青いアジアで取られた武漢株、分かれて黄色のヨーロッパ株が広がってゆき、枝ぶりが、ヨーロッパ型の方が大きく、武漢型よりもヨーロッパ型の方が広がる速さが速い、すなわち、増殖が速いことを示します。
 飛沫感染対策はみなさんご存じですが、3密[密閉空間、密集場所、密接場面(発声することが含まれます)]、英語で言えばThree Cs (Closed spaces, Crowded places, Close-contact settings)を避けることです。声を出すと感染するので黙っていれば良い。飛沫が手について接触感染することを防ぐにはソシアルディスタンス、マスク、手を洗うなどです。新型コロナウイルス感染症診療の手引きに臨床データが記載されています。
 結局、このウイルスと共存するしかありません。爆発的な感染により医療体制が崩壊するのを防ぐために、ワクチンや薬が必要です。R0=2(基本再生産数:全く免疫を持たない集団に感染が入り込んだ場合の感染性)の場合、集団免疫からみると、50%の人が抗体を持つと爆発的な感染はしないことになります。ゆえに、かなりの人が抗体を持つ必要があります。それには、感染するかワクチンを打つかしかありません。
 広島県の第一波は4月に入ってからで、三次市でクラスターを生じました。一旦ゼロになりましたが、また少し出ています。広島大学では、多くの先生が共同で研究を始めようとしています。大きなプロジェクトでは、広島大学CoVピースプロジェクトがあります。三次のクラスターが出たときは、広島県では検査しきれず、隣県にもお願いしましたが、広島大学内で検査体制を整え、それを使って研究もしようと進めています。行政ともっと連携し、広島県の専門委員会には広島大学の先生も多く入っているのでそこで助言する、逆に広島県から研究費や臨床検体をもらって研究する、などです。AMEDからの研究費も広島大学は4件採択されました。みんな得意分野があるため、チームを作って申請したのです。
 検査体制を作りましたが、途中で患者さんが減って、フルには動かしていません。感染症科の先生が主になって、広島県からの委託検査、クラスター解析、病院の全自動PCR機械の利用、軽症療養ホテルのサンプル解析、大きな外科手術前の患者さんのPCR検査、病理解剖前の遺体検査、学内検査として発熱職員の検査、渡航外来(アメリカに入国するための陰性証明書作成など約300件、自費で27,000円)、などをしています。RNAを抽出してからPCR検査を2ステップで行うと一番きれいな結果が出ます。まとめて1ステップで行うダイレクトキットは、特に唾液検体では少し変な線が出ます。ロッシュの検査装置コバス(全自動PCR検査機)は、コストや検体数がたまらないとできない、などの問題があります。LAMP法や抗原検査もあります。PCRをするにも、唾液検査では前処理が必要で、粘調性も人によって違い、サンプル数が多いと、前処理だけで1時間くらいかかり、採取時のリスクは下がりますが検査には少し手間がかかります。
 LAMP法で、唾液に栄研化学の「インフルエンザ用抽出液」を使うと、偽陽性が出ることがあり、舟入病院に入院してPCRで再検すると陰性となった症例が数例あり、改善してもらうようにメーカーにも連絡しています。抗原検査をしたら陰性となった例も、特に唾液検査でおこりやすいようです。広島県からサンプルをもらい、最初の51検体について、まずは培養してみました。本当にウイルスが生きているか調べますと、76%が陽性でした。発症から検体採取までの日数は、陽性例の平均が3.41日、陰性例では平均7.31日で、熱が出てから早い方が、ウイルスが多いことがわかります。無症状者もいますが、発症から6日目くらいが多く、−1、−2日でも陽性となる濃厚接触者がいます。発症前から生きたウイルスがいるということです。そして、生きたウイルスが検出されたのは、発症後9日までで、それ以降は、例えPCRでRNAゲノムが検出されてもウイルスは生きていないと考えられます。
 5月には、軽症者療養ホテルの退所判定を行いました。2回連続PCR検査陰性で退院という条件がありまして、週3回検査でトータル111件検査し、5月30日に全員退所しました。一度陰性に出た後に陽性に出ることが結構あり、また、日によって出やすい日と出にくい日があり、医師の検体採取手技にもよるようでした。PCRの波は、プライマーをduplicateで使いますので、陽性例はきれいに2本の線が立ち上がります。しかし、上がっても低いもの、(特に唾液を使うと)基線が波打つこともあります。Duplicateの一方のみ陽性例もあります。PCRが40サイクルまでに波が上がり始めたら陽性と感染研の定義では言いますが、陽性の判定は難しいことがあります。これらを全て培養してみましたが、全部陰性でした。PCR陽性でも生きたウイルスはいないのでは、と思われ、退所基準に意味があるのだろうかと疑問を呈していました。するとその後、「日数が経てば、PCRをしなくても退所して良い」というように基準が変わりました※。症状がある人では、発症から10日経って、症状消失から72時間たてば退所可。PCRを2回して陰性であっても退所して良いのは変わりません。無症状者の場合、検体が陽性と判定された日を0日と評価し、9日目まではウイルスが生きていますが、10日目からは生きていません。PCR検査が主な検査として使われていますが、PCRでは死んだウイルスでも陽性に出るため、過剰に診断していることがあります。
 最後に一つ話題を提供します。Nature Medicineの論文ですが、2003年のSARSでは、症状が出てからたくさんウイルスが出て人にうつしました。ゆえに、次の人は少し遅れて感染して症状が出ます。インフルエンザは、症状が出る前から少しウイルスが出ますが、主に症状が出てからウイルスが排出されます。ところが、新型コロナウイルスは、横軸が発症からの日数、縦軸がウイルス量ですが、0日をはさんで正規分布のベル型のようになっています。症状が出る前からウイルスが出て人にうつす。ゆえにこれほど世界中に広がったのではないでしょうか。



※今、世間をにぎわせている変異株については、再び退院の基準が強められて、PCR連続2回陰性の条件が復活しました。(2021年3月15日)