広仁会広島支部 > 総会及び懇親会報告




平成30年度広島支部総会並びに懇親会報告
  平成30年9月29日(土)にリーガロイヤルホテル広島にて、広仁会広島支部総会・懇親会が開催されました。今回は、支部始まって以来初のダンスパーティーを企画しました。
 総会・懇親会の出席者は46名でした。



総 会

 総務担当常任幹事の春田 吉則先生(平成元年卒)の司会、開会の辞で総会が始まりました。


式次第
1.開会の辞
2.物故者への黙祷
 まず今期に物故された16名の会員の先生方に黙祷を捧げました。

加登本定先生(昭和28年卒) 伊藤登一先生(昭和41年卒) 大西祐輔先生(平成29年卒)
柚木 宏先生(昭和27年卒) 伊藤明弘先生(昭和37年卒) 平位 剛先生(昭和32年卒)
井上圭太郎先生(昭和25年卒) 中村英雄先生(昭和39年卒) 赤松和彦先生(昭和25年卒)
武田 裕先生(平成1年卒) 藤原俊彦先生(昭和36年卒) 大田典也先生(昭和38年卒)
檜井秀夫先生(昭和36年卒) 岸大三郎先生(昭和44年卒) 沖野宏敬先生(昭和32年卒)
永井宣隆先生(昭和53年卒)
3.支部長挨拶 檜山 桂子先生(昭和57年卒)
 皆様、こんばんは。今日はお忙しい中、そして台風が近づきます中、お集まりくださいましてありがとうございます。このたび広仁会広島支部支部長を拝命いたしました57年卒の檜山でございます。どうぞよろしくお願いいたします。非力な若輩者ですけども、皆様のお力添えをいただきながら、広仁会広島支部の親睦を図るために、精いっぱい努力していきたいと思っております。早速今日は親睦をより深めたいと、ダンスパーティを企画しました。今日参加していただく中の2/3以上は初めてという方です。ですからダンスに×をされた方もその気になられたら、今からでもご参加いただければと思います。そして、どうしてもダンスはいやだと言われる方は、周りに椅子を置いてこの総会が終わりましたら、すぐにバーカウンターを用意しておりますので、この部屋でワイン片手にご歓談いただけたらと思います。その気になったら、一歩足を踏み出していただけたらと思います。どうぞ今日はよろしくお願いいたします。
4.総会議長の選出
  佐々木 博先生(昭和48年卒)
5.議事
<報告事項>
 
平成29年度庶務報告ならびに事業報告
新役員の紹介
会計報告
会計監査報告

春田吉則 常任幹事
高橋祥一 常任幹事(平成3年卒)
辻 勝三 会計監査(昭和56年卒)
→以上、挙手多数で承認された (平成29年度 会計決算

〈協議事項〉
 
 広仁会広島支部会員規約第2条に基づき、従来の会員条件「広島市内(広大、安芸区勤務を除く)勤務広大卒広仁会員」に加え、「同 他大学卒広仁会員、広島市内在住広仁会員(勤務地、卒業大学を問わない)」も広島支部入会希望者は歓迎する。
平成30年度事業計画報告
予算案報告
春田吉則 常任幹事
高橋祥一 常任幹事
→以上、挙手多数で承認された (平成30年度 収支予算案
6.閉会の辞

初めてのワルツとダンスパーティー

 進行 渉外企画担当 藤岡悠樹先生(平成15年卒)

 講師 桜本ソシアルダンスアカデミー 上本様、箕岡様












平成30年度懇親会
進行 渉外企画担当常任幹事 藤岡祐樹幹事(平成15年卒)
1.開会の辞
 広仁会広島支部支部長 檜山桂子先生(昭和57年卒)


 カープ三連覇おめでとうございます。広島も私も赤で染まっております。先ほどワルツを踊られた方も、踊らずに周りでワインを飲んでおられた方も、顔が赤く染まっています。今日は赤く明るくいきたいと思っております。この度広仁会広島支部長を拝命しました57年卒の檜山でございます。よろしくお願いいたします。非力で若輩者ですけれども、広大在籍50年以上ということで広大への愛校心でいっぱいです。この愛校心をもって広島支部の親睦に努めたいと思っております。
 懇親会は生涯研鑽と親睦を目標としております。昨年まで松村支部長のもとでの生涯研鑽ということで、現役広大教授3人のご講演を拝聴してきましたが、私はもう親睦に徹しようということで、講演会ではなくて親睦会、特に一緒に会食するだけではなく手を握り合う会を作ろうということで、ダンスパーティーを開かせていただきました。私は附属アカシア会出身なんですけど、アカシア会では何かの会の後必ずフォークダンスをするんですね。男性と女性がこう交互にすれ違ってダンスをすると必ず全員と手が握れるんですね。その手を握る温もりが今も忘れられず、卒後40年経った同窓会でも最後はフォークダンス、この精神で広仁会もダンスをすればもっともっと親睦が深まるのではないかと、そして新たな出会いがあるのではないかと企画したのですが、若い方の出席はちょっと少なかったので、もし今日楽しかったと思っていただける方は、来年是非若い方に声をかけて、親睦だけではなく出会いもできる会にできればと思います。どうぞ今日はゆっくり楽しんでいってください。
2.来賓挨拶
 広仁会会長 土肥博雄先生(昭和45年卒)
 

 皆様こんばんは。ちょっと前の会がございまして、楽しいダンスに遅れてしまいました。去年から会長さんが替わったということですが、いくつか広仁会の本部の方でも変わったことがございまして、ご説明したいと思います。実は今度10月に、学年代表、教室代表者会議というのをやります。昨年いろいろと定款をいじりまして、結局総会というのがただ来た人だけでの総会ということになっているので、総会の、例えば成立要件というのが記載していなかったということがございました。それで、今まで学年代表と医局長会議を一緒にして支部代表ということにしていたんですが、必ずしも母数がはっきりしないままでやっていましたので、その人たちは一応評議員ということになっているので、評議員の委任状も含めた上で、出席半分を総会の成立要件ということにさせていただきました。そうすると、今までは出ても出なくてもいいということにしていましたが、学年代表というのが実は学年で決めるもんですから、長く留学してる人がそのままでいたり、それからもうほとんど広島に帰ってこないような人たちがなってるということがあってですね、しかしこれを僕は替えようと思ったんですが、なかなか学年の反発があって替えられないので、今はもうほとんど100人になってるんですよね。昔のように40人で現在実際は15、16人しかいないという上の方の学年の方とは一緒にできないだろうということで、広仁会が任命した評議員というのを各学年で作ることにして、それを今度の学年代表の会議の時に提案しようと思っています。それとそこの会議で今まではその時の霞のエポックのようなものを取り上げてシンポジウムにしたり、また誰かに講演してもらったりしていたのですが、なかなか一貫性もないので、もう少し学生と我々とそれから大学と医局長も一緒に入っている会議で何かできないだろうかと思い、今回は基礎4教室、臨床4教室の8人の教授にお話ししまして、学問的なことでもいいし、教室の運営方針でもいいし、例えば出張病院に出すときのフィロソフィでもいいのですが、そういうのを話してもらうという会をすることにしました。これは一つの所が15分で質疑応答は無しということにして、あと一階で懇親会をしますので質疑応答は全てそこでやるということにしていただいています。というのも総会にはたくさん来てくださるけれども懇親会はシューと帰る人が多いためです。それから一昨日でしたか、教養試験という、先生方もほとんどご存じないと思うのですが、オスキーという試験が4年生のときにありまして、臨床実習するためにはその教養試験を受かっていないといけないという格好になっており、その試験が結構難しいので、その試験を受けた慰労会というのをやっています。チューターの会というグループ飲み会をやっていましたが、3年生でやってもあまり影響ないということでそれはやめました。それから、本日の出席は50人弱なんですが、実は30年前には100人集めたことがあるんですね、広島支部で。是非若い方を含めて100人集めていただきたいと思います。なぜこういうことを申し上げているかというと、東京支部と大阪支部では44人ぐらい出るんですよ、5テーブルはあるんですね。ところがこの二つの東京と関西というのは特徴があって、5テーブルの内の2テーブルは平成卒なんですよ。だから平成の若い人にはぜひ声をかけていただいて、たくさん出ていただきたいなと思っています。今年の東京支部では平成30年卒が3人来ていました。よそに行くと何となく頼りないし、周りは他大学の出身者ばっかりですから、やっぱり広島大学ということでの繋がりを求めているのかなと、同窓会というのはそういうためにあるかもしれないなと思っている次第です。同時にそこでわかったことなんですが、東京には、さすがに東大と医科歯科大にはいませんが、11人教授がいます。大体来てくれます。若い人も連れてきてくれます。関西も8 人ぐらい教授がいまして、さすがに阪大はいませんが、大阪市立大学には名誉教授になられた末廣先生が、他には兵庫医大にもいらっしゃいます。そういうことでよそも随分頑張っているので、ぜひ広島も頑張っていただきたいと思います。女性で支部長になられたのは、今回が初めてじゃないかと思うのですが、檜山先生には期待をしておりますので、是非人集めもお願いしたいと思います。本日はどうも支部総会おめでとうございます。
3.乾杯
 広仁会広島支部 前支部長 会計監査 松村誠先生(昭和49年卒)
 

  はい、乾杯に入りたいと思いますが、乾杯者の役割というのは、グラスにお酒を注がれるまでの間を持たすことと、それから大いに盛り上げて大きな声を張り上げると、この二つでございます。今日の感想ですけれども、檜山新支部長のもと新しい企画でワルツダンスパーティーということで、第1回目としたらすごく盛況だったと思います。これはですね、今からずっと続けられたらもっともっと増えてくんじゃないかと、本当に素晴らしい企画だったと思います。ただ私49年卒ですが、生田先生と奥道先生とでいたんですが、二人とまあまあ冷や汗をかいていたということで、冷や汗組とホットな汗組とに分かれたダンスパーティーだったと思います。もちろん檜山支部長はホットな汗をかいていましたね。私と河野学長は、ワルツダンスでなくてワインドリンクをしておりました。そういうことでですね、楽しい会でした。じゃあ大いに今日は飲んで、みんなで大いに語り合いましょう。それでは乾杯いたしたいと思います。広仁会広島支部、そして広仁会、そして我が母校広島大学、さらには広島カープのCS勝利と日本一を祈念いたしまして乾杯したいと思います。乾杯!
4.歓談
 お酒は(株)「酒商山田」に森澤専務による厳選もの。
日本酒:十四代(山形県)、而今(三重県)、雪の茅舎(秋田県)、会津中将(福島県)、金泉(広島県)。
スパークリングワイン:セレナ トラディショナルメソッド シャルドネ(山梨県)、INS094 MM カヴァブルット(スペイン地中海地方ペネデス)、ローラン・ペリエ・ラ・ キュベ(フランス)、ヴィッラ サンディ ブラン・ド・ブラン ブリュット(イタリア)、マドンナ ゼクト リースリング(ドイツ)


5.新規学長、教授、病院長挨拶
 中電病院 院長 河村寛先生(昭和53年卒)

 
 皆様こんばんは。昨年6月に中電病院の院長になりました河村と申します。いつも広仁会の皆様には大変お世話になっております。少し私自身と中電病院のご紹介をさせていただければと思います。私は昭和53年の広島大学の卒業で2年間内科の研修を行い、その後色々ありまして、数年性腺ホルモンを研究するという生活をしておりました。それからの第一内科の方へ入局させていただいて、ずっと消化器内科を専門としております。色々な病院を回った後、実は18年間広島記念病院に勤務しておりましたが、平成21年に中電病院の方に異動になりまして、現在に至っているということであります。
 次には中電病院のご紹介をさせていただきたいのですが、中電病院は病床数が248という中規模の急性期病院で、地域包括ケア病棟も1つ持っております。もうひとつの特徴は大きな検診センターを持っておりまして、PET検診センターと呼んでおりますけども、毎年7000件ぐらいの人間ドックをしておりますし、5600件ぐらいのPET-CT検査をさせていただいております。本来の病院の方は、診療科が14ということで比較的たくさんの診療科を持っておりまして、色々な方面の病気が診れますという風に思っております。病院の基本の方針としてましては、中区にありますけれども地域密着で皆様に貢献したいと思っております。もう一つは大病院との差別化といいますか、うちの病院の平均在日数が実際に大病院より4、5日長く、そして地域包括ケア病棟を持っておりますので、逆にうちの病院としては患者様に十分の退院支援をして満足して帰っていただけるようにと考えています。地域密着の病院であることと退院支援を十分するという2つのことを基本方針に頑張っているところであります。引き続き広仁会の皆様には、ご指導ご鞭撻いただきながら地域の医療に頑張っていきたいと思っておりますのでよろしくお願い申し上げます。
 広島市立リハビリテーション病院 院長 西川公一郎先生(昭和58年卒) 

西川と申します。この4月から広島市のリハビリテーション病院院長を拝命しております。ちょっと広島市のリハビリテーション病院の宣伝をさせてください。おそらくご家族が入院したことがない方は来られたことがないと思うんですね。どこにあるかもきっとご存知ないんだろうと思います。西風新都のところにあります。ビッグアーチの辺りです。遠い感じがしますが、実は紙屋町バスセンターから病院の前の玄関に止まるバスが出ていまして、乗れば30分ぐらいで行き、紙屋町から車に乗ると20分ぐらいで行くので、意外と近くですね。
 100床の回復期病棟のみの病院ですので、いわゆる通常の外来診療というのはほとんどやっていません。退院された方が外来でリハビリにおいでになるための外来というのはありますけど、通常の診療の外来というのはないです。いわゆる病院の機能分化で、急性期病院で急性期の治療を終えて、速やかに自宅に帰るように集中的に回復期のリハビリをしましょうということをやっています。通常の病院でしたら色々と保険診療などの関係でたくさんのリハビリができませんが、ここでは1日3 時間します。20分1単位ですので3時間9単位行います。だから結構みなさん良くなられます。ただこの9単位を保険請求するためにはまた色々ありまして、短期間に良くなって自宅へ返すという指数があって、例えば良くならないと3単位までしか請求できないとか、1日の入院の基本点数が減るとかといった厳しい基準があるのですが、幸いそれをクリアしております。ここにおいでになる先生方のお顔を病院で見ない方がいいのですが、もし万が一脳梗塞などになられましたら、結構鍛え上げて回復させますのでその時はご連絡いただければと思います。
 この病院ができて今年で11年目になります。広島市の病院機構が独立行政法人になったりして色々と名前が変わりました。初代院長が吉村先生で、次が整形外科の村上恒二先生で、その次が脳神経内科の郡山先生です。郡山先生が3月で定年になられて私が参りましたが、広仁会の先輩がこの病院を築き上げてこられました。医者は私を含めて6人で、嚥下があるので歯科の先生が一人いらっしゃいます。この3月まではもっといましたが、4月から2人減ってなんとかそれなりになっております。思うに例えば開業を考える前に、最近は地域との連携がないとなかなか開業がうまくスムーズにいかないので、また当院では行政との関わりや介護保険などの制度を勉強したりする機会があるので、開業をする前に1年か2年間リハビリの勉強をして、地域の訪問看護ステーションなどとの繋がりをもって開業されるにはいいところだと思います。そのような人がおられましたらお薦めいただけたらと思います。私は昭和58年に広島大学を卒業して整形外科に入局しまして、色々なところを回った後に、25年間広島市民病院で主に脊椎の診療と手術に関わってきまして、この4月からコロッと変わった環境になっておりますが、週に一回は基町で外来をして、週に一回は手術をしておりますので、それなりにバランスをとれた生活をさせてもらっています。要は広島市のリハビリテーション病院をもっと皆様に知っていただきたいというところです。どうもありがとうございます。  
6.新規開業者挨拶
 レチナクリニック横山眼科 横山光伸先生(平成元年卒)
 

 初めまして。東千田でレチナクリニック横山眼科を開業させていただきました横山です。何の縁がありましたか平成元年卒で、今回平成元年卒で開業された先生がここにいっぱい来られていて、非常に嬉しく思っております。名前からわかるようにレチナクリニックとしたのは、普通の白内障などの一般診療をあまりやっていなくてほとんど手術ばかりやっていましたので。特に網膜剥離とか糖尿病網膜症とか、緑内障もやりますけども、そういったのにもう25年ぐらいずっとやり続けました。
 今回広島に帰ってきた理由と言いますと、広島の眼科をもうちょっと盛り上げなきゃいけないんじゃないかなと思ってやってまいりました。大学にも顔出して色々後輩の指導をしたりとか、あとは開業医さんとの繋がりを持って厄介な患者さんの面倒をみたりとか主にやっています。手術メインでやっていますけども外来の数は少ないので、もっともっと頑張らないとなかなか経営的には難しいかなと思っていますけれども、まあまあぼちぼちと頑張っています。もし眼の関係で難しそうな患者がおられましたら、レチナクリニックというところがあるよと、千田町でもともと広大があったところですから、由緒ある場所なので変なことはしませんので、送ってください。よろしくお願いします。
 たではらクリニック 蓼原太先生(平成元年卒)

 平成元年卒の蓼原です。去年の12月に宇品神田1丁目県病院のすぐ横の電車通り沿いで循環器内科と内科を標榜して開業いたしました。僕は平成元年に卒業して、原爆センターとか東広島医療センター、広島大学病院、マツダ病院、呉共済病院と主に広島県で循環器内科をやってきまして、平成元年ということは今年で54歳で、場合によれば60歳が定年の病院もありますから、あと6 年ぐらいでもう定年かと思った時に、またちょっと自分がその時に主任部長ではなかったので、とりあえず定年のない開業という道も最後の選択肢というか、2、3年遅れたらもう銀行も相手にしてくれないかなというのもありまして、最後決断しました。
 蓼原という名前がちょっと聞きにくくて覚えにくくて循環器内科クリニックとすれば名前が長くて電話でもちょっとなかなか聞き取りにくいかなというのもあったので、単純にたではらクリニックとしたところ、色々な患者さんがやっぱり来てしまって、お腹が痛いとか咳が止まらないとか言われます。ただ開業したてでは時間があるので色々なお話をたくさん聞いて、インターネットで色々調べて、そして同級生とかにもちょっと聞いてみたりしながら、ちょっとずつ一般内科の方をやっています。そういったものが一つ一つ何かちょっとずつ実を結んで、また呉や県病院の方の先生からも紹介いただいて何とかやっていけるかなという風に思える今日この頃です。確かに今日の医療情勢は大変そうではありますが、やはり紹介の患者さんが非常にありがたいです。こういった広仁会で色々な先生達と知り合いになりまして、それで顔の見える関係となり、色々と患者さんを診させていただけたらと思います。今後ともよろしくお願いいたします。
 のだ内科ファミリークリニック 野田昌昭先生(平成元年卒)  

 皆さんこんばんは。私も平成元年卒の野田と申します。今年の3月に西区の井口明神で、のだ内科ファミリークリニックと称して開業いたしました。私はそこにいらっしゃる土肥先生と同じ原医研血液内科出身で、血液内科をずっと市民病院中心に勤務医でやっていたのですが、もうちょっと地域のかかりつけ医というか地域密着の医療をやろうと思いまして、残念ながら血液内科を専門、売りにすることはなかなか難しいかなと思って、ちょっと白血病とか悪性リンパ腫を開業医で診るの難しいと思いまして、一応内科小児科を子供からお年寄りまで家族全員まるごと診るというコンセプトのもとに、太田典也先生の場所を譲り受けてアルパークの近くで開業いたしました。なかなかちょっとはじめは子供が来ると不安というかドキドキしながら、さっきの蓼原先生じゃないですが、インターネットで調べながら、あるいは小児科の先生や先輩同級生にいろいろ聞きながら、何とか対応して、初めは2ヶ月の赤ちゃんのワクチンを打つ手が震えていたんですけど、最近割と慣れて、まあそれなりにやれるようになりました。まだまだ開業医として駆け出しですので、広仁会の先生方には色々ご指導、お世話になることもあると思いますけど、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
 井門ゆかり脳神経内科クリニック 井門ゆかり先生(平成2年卒)  

 皆さんこんばんは。 ただ今ご紹介いただきました井門と申します。今年の4月18日に牛田本町で井門ゆかり脳神経内科クリニックを開業させていただきました。私は平成2年の広大卒で卓球部で、今日来られている高橋先生と同級生で同じクラブで、結婚したのもクラブの出会いで井門になりまして、旧姓は上野だったのですが、その後大学院行ったりとかして、開業する前は大竹のメープルヒル病院で広島県西部認知症疾患医療センターを始めるということになりまして、センター長になって仕事していました。元々そのセンター長になる前に開業しようかと思っていたんですけど、センター長になるのでじゃあちょっと3年ぐらいしようと始めたところが8年ぐらいやってしまいまして、その間に井門式の簡易認知機能スクリーニング検査というのを開発して発表することができまして、今では割と全国各地で使っていただくようになっております。
 それから2年前には、認知症疾患医療センターが地域包括支援センターと合併した合併型センターというのを日本で初めてするということで、それも非常に全国で注目されましてNHKの番組でも放送されたり、広島でシンポジウムを開いてもらったりもしました。というところで仕事は楽しかったんですけど、さっきの他の平成元年の開業された先生方と同じで、私もともと広島駅の近くに住んでいたんですけど大竹まで毎日通うのは大変だなと思いまして、ちょっと先を見るとやっぱりもうこの辺で開業しとかなくては間に合わないのではないかということで開業させていただきました。
 牛田で開業させていただいて、実際地域の認知症地域支援推進員とかケアマネージャーさんとか色々な認知症に携わってる方からたくさんご紹介いただきまして、認知症の患者さんが多分7、8割なんですけど、逆に言うとあんまり認知症というイメージが定着しすぎても他の患者さんが来にくくなるのでほどほどにしたいというところですが、実際頭痛の患者さんとかめまいの患者さんとかもたくさん来てくださっています。でも多分、認知症の診断がある程度精査とかができる病院の中では一番早く予約が取れるようになっていると思いますので、ご紹介いただけたらと思います。アストラムラインの牛田駅降りて徒歩4分ぐらいの場所にありますのでどうぞよろしくお願いします。今日はありがとうございました。
 新本クリニック整形外科 新本卓也先生(平成14年卒)  

 皆さん、高いところから失礼いたします。新本クリニック整形外科の新本です。私、平成14年に広島大学整形外科の医局に入局いたしまして、その年がちょうど越智学長が島根から帰って来られた年ということで、私の学年は越智ルドレンと言われることで、非常に越智学長に可愛がられた学年であります。その流れで膝関節の方の勉強をし、大学院も膝の方でしっかりと勉強して研究など積み重ねてきましたが、最終的に牛田という土地に開業できるチャンスがありまして、めでたく今年の4月19日に開業という運びになりました。ありがとうございます。
 先ほどの井門先生と同じフロアで開業しております。牛田のビッグウェーブのスポーツセンタープールの向いに新しくフレスタができまして、見た目はフレスタなんですけれどもその5階に私と井門先生が、あと内科の先生もおられますが、クリニックフロアとしてやっております。整形外科に関しましては、東区の牛田地区には長らく整形外科がなく非常に期待されており、そして待望の整形外科ということで、初心の気持ちを忘れずに毎日一人一人の患者さんに向き合っている次第ではございます。が、まだまだ私は若いのでこれからまだ長いと思いますけれども、皆様のご支援がまた私の糧にもなりますので今後ともよろしくお願いいたします。
7.ダンスパーティー講評
  日比野病院 三原千恵先生(昭和57年卒) 

 高いところから申し訳ございません。なかなか広仁会にも総会にも顔を出していなかったのですけれども、久しぶりに諸先輩にお会いできて非常に光栄に思います。私は昭和57年卒で脳外科に入ったのですが、そちらにいらっしゃる原田先生が医局長でいらして、もう一人上家さんと初めて女の子が脳外科に入ってくるというので、今だから言えますが、色々な外科系では女子はいらんとか話があったので、ドキドキしながら行ったんですが、魚住先生もどうしたもんかなあと仰ってたんですが、原田先生がですね、まあええじゃないか、ガハハと言ってあの例の雰囲気ですね、大丈夫大丈夫ガハハって言ってくださったので2人入りました。今も女医さんが医局にどんどん入ってくれているので、私が本当に最初に受け入れていただいてよかったなと思っております。
 今日私が何でここに立っているかというと、檜山先生と同期でアカシア(広大附属)からずっと仲良くしていただいてるんですが、今回の広仁会のお知らせがあった時にダンスパーティーと書いてあって、さすが女性支部長、すごい洒落たことをするなと思ってちょっと応援のつもりで参りました。今日老母も来ているんですけれども、要介護なのになぜかダンス靴履くとシャキンと戻って本当にありがたかったんですが、リハビリテーションの効果があったんじゃないかと思うんですけども、母は昔のダンスの世代ですからダンスの先生もしていたので私もちょっとステップ教えてもらっていたので今日はお邪魔させていただきました。実はびっくりしたのは、よくあの母を連れてまだ元気な時にあちこちのダンスパーティーとかも付き添いで行ってたのですが、ほとんど女性ばかりで男性の方がいらっしゃらなくて、女性の慣れた方が男性のパートをして踊らなきゃいけないということが多かったのですが、今日は非常に男性の先生方のご参加が多くてびっくりいたしました。しかも皆さんすごく華麗なステップを踏んでいらしたので私も壁の花にならずに済んで非常に良かったと思います。それから桜本ダンススクールの先生方も本当に分かりやすく教えてくださって、久しぶりの方々もおられましたでしょうし、初めての方もおられたと思うんですが、こんな楽しい会に参加させていただいて本当に嬉しく思います。檜山さんまた頑張ってね。来年は独身の男女を頑張って引っ張って参りますので。
 ということでちょっとだけ最後に、私は今何をしてるかというと実は4年前安田女子大学の管理栄養学科の教授を拝命いたしまして、広仁会ですごく盛大にお祝いしていただいたんですが、3年やったらやはり臨床がしたくて結局また戻ってきました。今、日比野病院で脳外科もですけども脳ドックとか、あと栄養の方ですね、NSTをやっております。先ほど井門先生からも認知症の話がありましたけれども、もう少し悪い方はサルコペニアとか誤嚥性肺炎ということで、嚥下機能とかもVE、VFといった色々な武器で診断をして、きちんと食べさせるところまでのことをさせていただいております。また何かお役に立てることがございましたらお声をかけていただければと思います。今日は本当におめでとうございます。ありがとうございました。
8.平成30年度新幹事の紹介

 支 部 長  檜山桂子先生(昭和57年卒)福原医院
  57年卒、この度新支部長を拝命いたしました檜山桂子です。皆様のお力添えあって今日の会も無事盛会に終えることができました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 総  務  春田吉則先生(平成元年卒)はるた呼吸器クリニック
  総務担当しております平成元年卒の春田と申します。今日新しい企画を檜山支部長のもとにさせてもらったのですが、実際やってみると何が広島支部に必要か何となしにわかった気がします。ただ皆さんに集まってもらう意味意義を見つけないといけないなというのを、もちろん本部が一番大事なんですけれども、支部として何をすべきかをもう少し考えて皆さんを集めたいと思いますのでよろしくお願いします。

 総務補佐  蓼原太先生(平成元年卒)たではらクリニック
  先ほど喋らせてもらいましたけれども、総務補佐をさせてもらってます蓼原です。開業が決まったこともありまして、同級生の春田君からちょっとやってくれないかという話があって、よく聞けばあの檜山先生が今度支部長になるということで、檜山先生は第二内科の時に色々お世話になった先輩でもありますし、春田先生も同級生でもあるし二内科の同僚ということもあったので断れずにさせてもらいました。檜山先生が本当に心から楽しそうにこの支部長の任務をされているのを見ますと、やっぱり陰ながらちょっと支えようかなというような感じで頑張っております。また今後ともよろしくお願いいたします。

 広  報  平尾健先生(平成4年卒)平尾クリニック
  広報担当の平井 堅と言います。違いますね、先ほど総会でひらいけんと紹介されましたのでそれでいこうかなと思ったんですけども。大きなのっぽの古時計・・・、失礼しました。私広報なんですけども、支部だよりを作るにあたって、やはりこのワルツを実際に経験しないと作れないと思って、これまで今日の講師の先生のもとに3回ほどダンスを習いに行きました。本当に楽しかったのですが、私が楽しかったと感じたように、今日も皆さんは楽しめていただけたのではないかなと思ってますし、また次も続ければと思っています。私は広島市医師会では松村チルドレンですが、広仁会広島支部では檜山チルドレンでございます。どうぞよろしくお願いします。

 広報補佐  水入寛純先生(平成9年卒)水入クリニック
  広報の補佐をさせていただいております水入といいます。昨年の総会の時には壇上に上がるの忘れておりまして、まさか壇上に上がることとは知らずすみませんでした。平尾先生は当時野球部の大先輩で僕が1年生の時の6年生で、広報を手伝ってくれないかと言われまして、昨年の総会に来て、何をするのかわからず、ここに上がるべきじゃないかなと思いながらいたのですが、実は上がることだってことを後で知りました。自分の置かれてるポジションの大事さをすごく痛感しております。早速年度が変わりまして、新規開業の先生の原稿集めから始めて、今度の新しい仕事が総会の原稿起こしてからという形でさせていただくようになっておりますので、ちょっと微力ですけれど平尾先生と一緒に頑張っていきたいという風に思ってます。

 渉外企画 藤岡悠樹先生(平成15年卒)JR広島病院
  渉外企画担当させていただいております藤岡と言います。本日は先生方、新しい企画、ダンスパーティーにご協力いただきまして誠にありがとうございました。新しい企画でしたので心配でございましたけれども、大変盛り上がったと喜んでおります。来年はさらに盛り上がるべく仮面を準備しまして仮面舞踏会にできればなあと思っております。よろしくお願いします。

 渉外企画補佐 新本卓也先生(平成14年卒)新本クリニック整形外科
  渉外企画担当補佐の新本でございます。藤岡の1年先輩になりますが、藤岡を補佐しております。若い頃からそして大学院、そして最後の開業するまでの3年間の JR 広島病院でも常に藤岡とは一緒で、傷を舐め合いながら過ごしてきたものであります。非常に尊敬する後輩でありますから、これからも十分サポートしていこうと思います。よろしくお願いいたします。

 会  計 高橋祥一先生(平成3年卒)高陽ニュータウン病院
  数字の計算が大変苦手な会計の高橋でございます。今日も受付をしてちゃんとお金が集められるかどうかドキドキしてたんですけども、今日は向こうの席に事務局で手伝ってくださった女性が4人来てもらって、それで全く気にせずにちゃんとお金の計算をしてくださってすごい助かっております。それから監査をしてくださった松村先生、辻先生、大変お世話になりました。ありがとうございました。今回のダンスの企画を聞いて、これはちょっと難しいんじゃないかなという風に最初の最初にちょっと言ったんですけど、でもやっぱり檜山先生が最初からもう絶対やるんだとうまくいくんだという風に言って、そういう気持ちがずっとだんだんだんだん我々幹部の方にも伝染して、みんなで踊ってみようっていう風にやってて、それでこうやってみたいに盛り上がってすごい楽しかったので、何かやろうっていう気持ちをずっと突き詰めていくというその檜山支部長の力がやっぱり今日の盛会に繋がったんじゃないかと思います。今後も続けて頑張っていこうと思いますので皆様よろしくお願いします。
9.閉会の辞
  広仁会広島支部 元支部長 いくた内科医院 生田隆穂先生(昭和49年卒) 

   宴たけなわではございますが、今日はもうそろそろ帰ろうかなと、はいそうです、河野前教授が早よ帰ろうと言っていますので。今日のダンスパーティー、私は男子校でしたので中学高校と女性と手を握ったことは一度もなくいやだったんですけども、檜山支部長が一回とにかくレッスンに行って来いと、なんとかダンススクールに平尾先生と一緒に一回1時間習って、今日やっと多少ステップができるようになりました。来年は仮面舞踏会やるそうですから、是非皆さん友達その他を連れて、今50人ぐらいなんですけど来年中谷先生が100人を集めろと仰っていますので、100人を目指して頑張りたいと思います。乾杯の音頭と閉会の挨拶は短ければ短いほどいいと言われていますので、皆さん台風も来ていることだし、今日はもう帰りましょう。土肥先生は今から流川に行かれるそうですけど。では皆さん、来年またお会いしたいと思います。今日はどうもありがとうございました。


あとがき
 「初めてのワルツとダンスパーティ」は盛会裏に終了しました。インストラクターの手ほどきを受け、ステップを反復し、終盤になると初めての方も曲に合わせて踊れるようになりました。男女がそして全体が揃って躍る様子はまさに正真正銘のダンスパーティでした。今年9月28日(土)の総会・懇親会では、ワルツをジルバに変えて第2弾を予定いたします。会員の親睦のために、檜山支部長の強力なリーダーシップのもと、我々幹事も一つになって準備を進めてまいります。新元号1年目の次回にはたくさんの先生方のご出席をいただきたいと思います。皆様奮ってご参加ください。特に平成卒の先生方、心よりお待ちしております。

平尾 健(平成4年卒)