広仁会広島支部 > 総会及び懇親会報告




令和元年度広島支部総会並びに懇親会報告
 令和2年9月26日(土)、リーガロイヤルホテル広島にて、広仁会広島支部総会・懇親会が開催されました。今回はダンスパーティーはお休みして、今最も確かな情報を知りたい新型コロナウイルスについて、広島大学大学院ウイルス学研究室の坂口 剛正教授のご講演を企画しました。総会・懇親会の出席者は計53名でした。



総 会

 総務担当常任幹事の春田 吉則先生(平成元年卒)の司会、開会の辞で総会が始まりました。


式次第
1.開会の辞
2.物故会員への黙祷
 まず今期に物故された17名の会員の先生方に黙祷を捧げました。

島谷智彦先生(平成2年卒) 島本 學先生(昭和36年卒) 濱  清先生(昭和22年卒)
忌部 明先生(昭和54年卒) 伊達昌英先生(昭和26年卒) 原田信徳先生(昭和34年卒)
相原克昭先生(昭和52年卒) 原野博之先生(昭和30年卒) 野間昌博先生(昭和34年卒)
中谷一彌先生(昭和36年卒) 赤尾 智先生(昭和18年卒) 宮本義洋先生(昭和45年卒)
桑原 敏先生(昭和44年卒) 水入康行先生(昭和29年卒) 満田浩二先生(昭和36年卒)
新田康郎先生(昭和40年卒) 川本功一先生(昭和27年卒)
3.支部長挨拶 檜山 桂子先生(昭和57年卒)
 今日はお忙しい中、またそしてコロナ禍で出づらい中、こんなにもお集まりいただきまして本当にありがとうございました。春から幹事一同この総会が開催できるかどうか大変悩んだのですけれども、この時期だからこそ是非とも聞きたいコロナ講演を坂口教授がお引き受け下さいましたので、何としても開きたいと思っておりましたが、世の中のコロナが一旦鎮まりかけまして、これなら開催できると今日の日を迎えられましたことを大変嬉しく思っております。ただ総会はやはり会員の皆様の総意を聞く場なので、これに三密を避けるために人数制限をするというのが一番心苦しかったのですが、広仁会広島支部のホームページの方に昨年の事業報告、今年度の事業計画を掲載しまして、皆様のご意見をお伺いしましたところ、どなたからも反論とかございませんでしたので、今日ご欠席の先生方からはご賛同いただけたと思っております。今日は皆様、どうぞよろしくお願いいたします。
4.総会議長の選出
 佐々木 博先生(昭和48年卒)
5.議事
<報告事項>
 
令和元年度庶務報告ならびに事業報告
会計決算報告
会計監査報告
春田吉則 常任幹事
高橋祥一 常任幹事(平成3年卒)
春田吉則 会計監査(監査代理)
→以上、挙手多数で承認された (令和元年度 会計決算報告

〈協議事項〉
 
令和2年度事業計画報告
会計予算案報告
春田吉則 常任幹事
高橋祥一 常任幹事
→以上、挙手多数で承認された (令和2年度 会計予算案
6.閉会の辞

特 別 講 演

『新型コロナウイルスの広島での流行と検査業務』




令和2年度懇親会
進行 渉外企画担当 新本 卓也幹事(平成14年卒)
1.開会の辞
 広仁会広島支部支部長 檜山 桂子先生(昭和57年卒)


 本当に今日の会が開けるかどうか、半年前からヒヤヒヤして見ていたのですが、今日は越智学長をはじめ、そうそうたる先生方にお集まりいただき、坂口教授から最新の新型コロナウイルス情報をご講義いただき、今日の会が開けてよかったとつくづく感謝申し上げます。この広仁会の広島支部というのはやはり、何より我々の故郷、同窓なので、このコロナウイルスの状況の中でこそ特に親睦を深め、そして励ましあって生きていきたいということで、この会を開くことにさせていただきました。世の中には、お医者さんが作ったボールペンとかお医者さんが作ったなんとかとかいうのが流行っていますが、今日はお医者さんが作った、お医者さんが認めた懇親会ということで懇親会のロールモデルになればと思っております。ですからホテルの方も、もう精一杯の配慮をしてくださいまして、いつもより大きな部屋を用意してくださいました。私の方からも、これがロールモデルとなるためにお願いがございます。1つ握手はしない、2つハグをしない、3つ回し飲みをしない。今日も酒商山田の森澤専務においしいお酒をいろいろ用意していただきました。新しいグラスかマイグラスでどうぞお楽しみ頂ければと思います。そして今日の懇親会を健康に楽しく成功させて、これがお医者さんが作った懇親会のロールモデルとなればと思っております。どうぞ今日はよろしくお願いいたします。
2.来賓挨拶
 広島大学学長 越智 光夫先生(昭和52年卒)


 今年は多くのスピーチをされる先生が目白押しなので、3分以内ということですので、簡単にお話ししたいと思います。今年はある意味節目の年です。というのも、昭和27年8月5日に広島県立医学専門学校が設立されています。そして広島県立医科大学を経て昭和28年に広島大学医学部となりました。75周年という節目の年であります。広島大学の医学部も、坂口先生のご講演がありましたように、AMEDに3つコロナ関係で採択を受けております。広島大学医学部も今非常に発展を遂げておりますのが、これもここにいらっしゃる先輩の先生方、そして同僚の方そして後輩の先生方の頑張りのおかげだと思っております。本当にこれからも、広島大学医学部がどんどん発展していけるように、お力を貸していただければと思っております。そしてあとの2つは、大学関係のことをちょっとお話しします。1つは、10月2日から第3タームが始まります。医学部の中が4つに分かれていますが、その第3タームは、大体半数を少し超える位になるかもしれませんが、授業が7000いくつかある半分程度は対面が導入されるようになります。課外活動も一部では許可制で導入がされていますが、この3密を避けるという形をちゃんととっているクラブはOKが出ているということで、霞の方が少し遅れているかもしれませんが、まもなく霞の方も多くのクラブが再開されるのではないかと思っています。コロナでクラスターが出ないことを切に願っておりますし、そういう風な体制をとっていただきたいと思います。もう一つ大学からの報告としては、アメリカのワールドランキングに、多くの大学の学長クラスがどの大学が1番innovativeか投票を行って決めるMost Innovative Universityというのがありますが、Harvard UniversityとかMITそしてStanford Universityを抑えて6年間一番の大学に選ばれているArizona State University(ASU)とThunderbird College(これはASUの一つのcollege)が、来年の秋から広島大学にやってきて、ここでアリゾナ州立大学の単位が取れるようになります。4年間広島大学の中でやるのか、あるいは2年は広島大学、残りの2年をアメリカのアリゾナ州立大学に行ってやるのかというのは、今話を最終的に詰めていますけれども、そういう形で新しい国際化というのが広島大学キャンパスの中に開かれようとしているということです。こういう風に大学も、少しずつではありますが変わっております。広島大学が世界に誇れるような大学になるために、広島大学の教職員そして学生一致団結して、今全力で取り組んでいるところですので、ここにおられる先生方におかれましても、ぜひご理解とご支援を今後ともよろしくお願いいたしまして、私からのご挨拶に代えさせていただきます。本日はお招きいただきまして誠にありがとうございます。

 広島大学副学長 田中 純子先生(お茶の水女子大昭和55年卒)


 私この4月から、理事副学長として大学の上の方に関わることになりました。重責を重々感じておりますが、大学あるいは越智学長の目指す姿に少しでも近づけるように誠意頑張ってまいりたいと思っています。担当は広報と全学人事と霞地区ということであります。広報と人事とは切っても切れないようなことだと私は思っていまして、大学の中には多くの有能な人がいますが、どのような人が広島大学を構成しているのか、ということをわかりやすくする仕組みを今構築中であります。それは例えばコロナが起こったときに、大学の中にどういう研究をし、どんな研究をしている人がいて、ウイルスでもコロナ関係でも新たなものが出てきたときに、どういうことを誰に聞いたらいいのかを外部の人がわかるような仕組みを作って、広島大学の存在価値をもっとアピールしていきたいという風に思っています。また霞地区においては、先ほど学長も仰ったように、コロナ関連の研究のseedsを持っていらっしゃる方がたくさんいます。坂口先生のお話の中にもありましたけれど、霞コロナピースプロジェクトといって、4月になってコロナ関連に携わる26研究室が一同に集まって何ができるか検討しまとめ、これがAMEDの大型の研究費を取ることにもつながったと思います。そういうぱっと見てわからないような人材の掘り起こしと、それをまとまって何かに向かって広島大学として取りにいく仕組みがうまくできればいいなと思っています。それからもう一つ、広報からですが、ネーミングライツというものを皆さんご存知でしょうか。大学の中にある施設に企業が名前をつける権利を支払って、その施設の運営費をそれに充てるというようなものです。広島大学初のネーミングライツというのは工学部の「おもしろラボ」というところに、三次にある「加藤組」という建築会社が手を挙げてくださいまして、その命名権料でそこの施設の環境整備などに充てられるという、広島大学の中ではなくて外にその原資を求めるというシステムが今年から始まって、第一号が10月1日から開始します。霞地区においてもいろんな建物があって、そこに企業の人が命名権をつけるネーミングライツの広島大学のネーミングライツパートナーとして手を挙げる企業の方がもしいらっしゃいましたら、ぜひお声掛けいただいて、広島大学をサポートする企業をご紹介いただき、一緒に共同研究などをやっていく仕組みができましたので、ご報告方々ご協力をお願いしたいと思います。今日は本当にお招きいただきましてありがとうございます。今後ともご支援、ご指導のほどよろしくお願いします。

 広島大学副学長 秀 道広先生(昭和59年卒)


 この3月で医学部長を辞しまして、4月から広島大学の研究開発担当の副学長を拝命しております。研究開発担当といいますが、実際は医療系トランスレーショナルリサーチ推進機構という、学長を機構長とする機構の副機構長としてトランスレーショナルリサーチの推進を担当する役職です。トランスレーショナルリサーチというと、基礎研究から臨床へというふうに、もっと具体的にいうと、国際的に通用する質の高い臨床研究ができる施設になるということがミッションです。平成30年に医療法が改定されまして、臨床研究中核病院というその認定される施設の基準というのが決められて、今日本で13の病院が指定されています。非常に高い基準でして、今その臨床研究というのも国際共同臨床試験というのがどんどん主流になって、10年前に比べると臨床研究、臨床治験の内容も基本的にいろんな報告書も英語で書かれるような状態になってきていて、紙ではなく電子的とかいろんなことが急速に変わっています。そういう中で広島大学が総合研究大学として生き残って発展していくためには、臨床系の病院、医学部が、医学部に限りませんけれども、そういう質の高い研究をする大学になるということは必須、死活問題だと私は認識しています。こういう研究は、単に大学の中のどこかの診療科が頑張って研究するというだけでは決して達成できるレベルではなく、自分も研究するし、そしてその医師主導の臨床試験というのはかつて厚労省とかPMDAがやっていたようなことをかなり自力でやれるようなレベルのわけです。そしてなおかつそういう研究を他の施設と共同で出来るような、研究機関あるいは臨床機関ということが求められている基準ですので、これはもう広仁会の先生方、それから広島、近隣の病院との連携というのは不可欠なわけです。そしてその連携をしっかりと持ちながら質の高い研究をして、そしてその成果も国際的に通用するような成果を出して、広島大学が名実ともに総合研究大学として誇りある活動ができるようにというのが私のミッションでありまして、若干広島大学はちょっと遅れているところがあるので、今年中にぜひその遅れを挽回したいと思って仕事に取り組んでいるところであります。広仁会の先生方のご理解とご協力を改めてお願いする次第です。よろしくお願いします。

 広島大学医学部医学科長 安達 伸生広先生(昭和63年卒)


 この4月から医学科長を拝命しております。広仁会また広仁会広島支部の先生方におかれましては、学生の教育また私たちの臨床それから研究に多大なるいつもご支援いただきまして、心より感謝申し上げます。今日は医学部長が欠席でありますので、代わりに医学部の、特に学生教育のことについて少しだけお話しさせていただこうかと思います。今日の坂口先生の講演でもありましたように、今コロナの問題で学生教育も非常に大きく変わりました。前期はほとんどの授業がオンラインでありました。学生はWi-Fi環境のあるところで、自宅なり下宿なりで授業を聴いて、私達は配信室という小さな部屋があるのですが、そこから自分のスライドを共有して学生たちに講義するという今までやったことのないような講義形態でした。当初は非常に心配しましたが、アンケートをとってみると意外と学生には好評な部分もありました。1つは通常の講義は講義する人と学生がみんな一対多の関係ですが、ウェブというのは学生1人でコンピューターの前で授業受けているので、意外と1対1の関係を感じるようで今までよりも講義している先生を近く感じるとか、親しみやすいかどうかわかりませんけど、そんなアンケート結果が出ています。通常質問をしても、シーンとしたりしてなかなか反応がないことも多いのですが、ウェブの講義ではチャット機能があって、何かを投げかけるとそのチャットにみんなが答えてくれたりして、その反応が即座にこちらにわかるという形で、この形は当初は非常に心配しましたが、いい面もたくさんあるので、ポストコロナの状況においては私たちもちょっと考えないといけないかもしれないと思いました。それと学生たちはもちろん基本的にはオンラインで聴くのですが、講義はアーカイブになっているので、また好きな時間にもう一度講義を聴くことができます。講義で実際のリアルタイムで分かりにくかったところをもう一回講義を聴きながら復習したりするようで、これもいい面だったかなと思いました。ただ残念なのは、時々皆さんそうかもしれないですけど講義で結構ウケを狙ってギャグとか言うことあるのですが、これが非常に辛かったですね。あの狭い部屋の中で1人でつまらないギャグを言うと、反応が全く返ってきませんので冷たい空気がスーッと流れて、やめといたほうがよかったなと思いました。あとは臨床の実習も前期はウェブでやりました。これは私自身なかなか問題が多かったのではないかと思っていて、やっぱり実際の患者さんに接することがなく、診察する側にいるわけでもないので、できるだけリアルに近いような形のコンテンツを用意して学生に提供したのですが、やはり5年生6年生というのは1年後2年後もっと短い期間の中に実際に臨床の場に立っていく学生たちなので、そういう面では今回ちょっと問題があったかもしれません。幸いこの9月末から、対面での臨床実習が始まります。また今後のコロナの状況を見ながら、医学教育の方にも力を入れていきたいと思っています。大変短い挨拶ではありますが、今後も広仁会また広仁会広島支部の先生方には、医学教育また私達の研究それから臨床においても、ご支援賜りますよう、厚くお願い申し上げます。本日はお招きいただきまして大変ありがとうございました。
3.乾杯
 広島県医師会長 松村 誠先生(昭和49年卒)


 この乾杯からマスクを外すことになろうかと思いますけれども、マスクを外しましててご挨拶申し上げます。広島県医師会会長になりまして、ちょうど100日経ったところです。広島県医師会会員挙げて、with コロナの中、コロナの検査、診療にあたっているわけです。本当に皆さん頑張っておられると思います。やはり今日も坂口教授からありましたけれども、新しい情報をどんどん知っていくということが、唾液検査にしても新たな知見を得ましたので、またそれを今後どうするかに役立てたいし、今日の話を聞いたら最初の頃厚労省が言っていた37.5℃以上の熱が4日続いたら受診しなさいというのがいかのに愚かだったという事もわかりました。そういった新しい知見もどんどん入ってまいりますので、そういったものをのをしっかり勉強して広島大学とともに医師会も歩んでいきたいと思います。そして何よりも広仁会広島支部、そして広仁会とともに歩みたいと思います。それでは準備できましたので、乾杯の発声をさせていただきたいと思います。皆さんもご唱和、小さい声でお願いいたします。それでは皆さんの益々のご健勝と檜山支部長の広仁会広島支部の発展、皆さんの発展を祈りまして乾杯したいと思います。乾杯!
4.歓談
 今年も、酒商山田の森澤専務が厳選してくださいました。日本酒はこだわりのもの、ワインは「イタリアンワインを極める」をテーマに選んでいただきました。Withコロナの時代の懇親会にも美味しいお酒は必須です。


5.新教授挨拶
 広島大学病院総合内科総合診療科教授 伊藤 公訓先生(昭和63年卒)


 本日はお招きいただきまして誠にありがとうございました。昭和卒でございますので、新任教授というのはいささか気恥ずかしい思いもいたしまして、テーブルには新任の先生方も今日たくさんお越しですが、皆さん私と10年位違う人たちばかりで、大変心苦しい限りではございますが、若さ、体力ともにちょっと衰えてまいりましたが、今まで色々ありました経験はございますので、仕事を与えていただいたからには、少しでもいい仕事を与えられた期間でやりたいというふうに思っております。総合診療科はいろんな分野があります。色々なことができますので、今の世相に合わせてできるだけ社会の役に立つような仕事を皆でしたいと思っています。広仁会におきましては、小林会長の命を受け、広報担当をやっております。色々なお仕事を受け持っておりますので、皆様方にはご指導いただく機会も多いかと思います。引き続きどうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。今日はありがとうございました。
 広島大学大学院外科学教授 高橋 信也先生(平成10年卒)

 僕が口を開くといろいろな毒が出ると言われますので、浅目にいきたいと思います。今外科学として1番力入れている事はやはり3科が仲良くやると言うことです。月曜木曜の朝は3科でオンラインで集まってカンファレンスをして、僕も胆膵や肝臓の先生の症例に声を出したりして、楽しくやっているというのが実際です。実際に働く上で、今うちの科には、僕自身は心臓血管外科がメインですが、移植外科の若手が一緒に働いてくれたり、いろいろそのような交流等含めて一歩一歩前に進もうとしているところです。大学の仕事は、今は医学教育センターの副センター長を拝命しておりまして、蓮沼センター長を補佐する形で仕事をしています。今やっていることは、医療面接実習というものに力を入れていて、いかにオンラインで学生に問診を上手に取らせるかということを力入れてやっております。1つは卒業OSCEという卒業の前の試験がありますので、それ対策ということでもやらせてもらっています。これをやると何かいいことがあるのではないかと思い、自分自身も力入れさせてもらっています。それで結局何がわかったかというとやはり外来での診察は頭のてっぺんから足の先まで全て診るということだと思います。これをすると何がいいか?患者さんの何かに気づく、そして検査が増える、ということは儲かるということですね。ということで皆さんも診察は自分の専門だけではなくて全身をしていただければと。まずこれ自分自身に対しても言っていることですけども、そういうことで頑張っていければと思います。本日はおめでとうございます。ありがとうございました。
 広島大学大学院小児科学教授 岡田 賢先生(徳島大学平成11年卒)

 私は本年の3月から小児科学の教授を拝命しました。3月といいますと、コロナが盛り上がってきた頃ですよね。新型コロナの影響を受けた科としては小児科と耳鼻科がかなり大きな被害を受けているといわれています。小児科も始まったすぐから、コロナの大波を受けまして、なかなか苦しいような状況が続いています。実際来年の入局員を考えましても、大体1年目はボーナスがあるんじゃないかなと思っていたのですけども、収益が上がらないような科になかなか来てくれないということで、今年はなかなか苦戦しています。そういった意味で広島大学に貢献するために多くの医局員を増やしてっていう風に、努力しないといけないのですが、今年は勘弁していただきたいと考えています。ただ、ただではやはり転んじゃいけないと考え、コロナでも少しリサーチをしたいと思っています。少しだけ宣伝させてください。私が留学に行っていましたロックフェラー大学の以前のボスのところが、このコロナの状況に対して国際共同研究しようと、100名を超える研究者が集まって、コロナの病態解明を行うCOVID Human Genetic Effortというallianceを作りました。日本からは私と東京医科歯科大学の森尾先生の2人が参加しまして、解析し、24日に2報Scienceに論文が出ました。日本からはなかなか検体がないということで、私自身はco-autherには入れなかったのですが、acknowledgeとして、末席に入れていただきました。内容が非常に面白いのですが、実はコロナの重症患者さんの中で約10% がinterferon αとか、type 1 interferonに対する自己抗体を持ち、その自己抗体は中和抗体であるということで、interferon αが効かないとコロナが重篤化するのではないかということです。900名のうち100名位の重症患者さんがそれを持っていることがわかりました。逆に600名程の軽症患者さん、ほとんど症状がない方とか肺炎を起こさない方には、その抗体を持っている人は全く1人もいませんでした。一般のポピュレーションの1200人程度を調べると約0.3%の方がこういう抗体を持っているということで、こういう抗体を測ることができればと考えています。来週位から検査ができるようになっています。clinical useとしては、COVIDにかかってPCR陽性になった方にその抗体も調べて、抗体陽性であれば入院して厳重に観察、逆に抗体がなければ自宅観察もできる、そういった指標に使えるのではないかと考え、まずは本邦におけるこの抗体の保有状況を調べていきたいと思っています。このような形で、広島大学に貢献したいと思っています。今回このような会にお呼びいただきありがとうございました。広島大学また広仁会のために貢献させていただきたいと思います。よろしくお願いします。
 広島大学病院腎臓病地域学教授 土居 俊樹先生(平成11年卒)

 この4月から新設されました腎臓病地域学の講座を拝任させていただきました。今回新しい講座ということですが、どのようなことをテーマにしているかといいますと、大学病院と地域の病院もしくは診療所とを結んで、いかにこれから今現在増えている腎臓病の患者を減らす、もしくはケアしていくかということをテーマにしています。そして診療所間もしくは透析病院間のネットワークを広げるといったところもテーマにしたいと思っています。一昨年7月に広島の豪雨があり、呉地区で透析患者の通院困難が発生しまして、約50人の患者さんが通院できないという状況でした。その時にネットワークがうまくいってなかったところもありまして、かなり試行錯誤でありましたが、実は私もその時にちょうど呉にいまして、呉に閉じ込められたような状況の中何とか広島に船で帰ってきまして、その後病院間の知っている先生達の間でのネットワークで、何とか呉の透析患者さんを、広島市内や可部、五日市などに50人位運んだという経験があります。このような横の繋がり、あとは地域の先生方との繋がりを持って、地域の方から色々なテーマ、色々なことを発信できればいいなと思っています。そのようなことで広仁会の先生方にはいろいろお世話になることがありますので、よろしくお願いいたします。
6.市郡地区医師会新会長の挨拶
 広島市医師会長 佐々木 博先生(昭和48年卒)


 今年6月から広島市医師会長になりました佐々木と申します。今のコロナの影響で、広島市医師会も、楽しい福利厚生事業がすべてお流れになりました。すなわちゴルフ大会、ボーリング大会、テニス大会、その他の飲食を伴うような会合もすべて流れてしまいまして、今は広島市医師会もコロナ一色です。今の私の頭の中には、年末年始の31、1、2、3日の舟入市民病院で行っていた救急外来ができなくなり、これをどのようにやっていくかということで一杯です。小児科と眼科は舟入市民病院で何とかやっていただけるのですが、内科ができないということで、市内の病院に色々お願いして、穴を埋めているところなのですが、まだもうちょっと詰めが甘いので、何とかもう2、3週間のうちには一杯に埋めて、市民の不安を取り除いて、健康を守っていくという医師会の仕事をやっていきたいと思っております。これをすませたら、多分春が来て、コロナが収まって、明るい年になるのではないかと思っております。それまではもうひと踏ん張り頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
 安佐医師会長 辻 勝三先生(昭和56年卒)

 この6月から安佐医師会の会長になりました。コロナを避けては通れないと思い、これからはやはりwith コロナだと私は個人的には思っています。今まではコロナ対策でしたが、これからはどうやってうまく付き合うかということです。私個人的にはコロナはそんなに怖いことないと思っていたので唾液検査をどんどんやればいいと思っています。廿日市市では急病センターに出て感染したら保障として250万から300万が出る、2週間休んでもいい程度のお金を廿日市市が出してくれると聞き、僕は個人的には広島市も出せばいいのではないかと。感染したら保障されることになれば、皆さん唾液検査とか色々なことができるようになるのではないかとある会で言いましたら、「会長、そんなことを軽々に言うちゃあいけん。そりゃあ一時的には保障できても今度は、風評被害で患者が帰ってこんようになったときにどうするんですか」と。なるほどと思いました。だから我々の医師会もやることはやらなければいけないのですが、患者さんというか市民に対して、不必要に怖がってはいけないということをどんどんやってもらわないといけないのではないかと、個人的には思っております。そういうことを並行してやらないと、多分with コロナの時代は越せないだろうと思っています。安佐医師会の話を全然せずにすみません。会長になりまして安佐市民病院が移転することになりました。その跡に、北館に安佐医師会病院というのを作ります。そこに今度は医師会病院だけではなくて、可部にある急病センター、それから安佐准看護学院、それから地域包括ケアの拠点等をやるのですが、これにコロナが入ってきたときに、本当に患者さん、今シミュレーションしている内容がちゃんといくのだろうかとか、准看の学生や先生が集まるのだろうかとか、いろんな心配事があって、だんだん気落ちしています。ぜひ広仁会の先生方、あるいは広島市医師会の先生方のお助けというかご協力をいただいて、広島市の北の拠点として安佐医師会、頑張っていきたいと思っておりますので、どうかご協力お願いします。
7.新病院長の挨拶
  梶川病院院長 溝上 達也先生(平成4年卒)

 まず広仁会の先生方には平素から大変お世話なっておりまして感謝いたしております。改めて御礼申し上げます。私は平成4年に広島大学卒業いたしまして、当時魚住 徹先生が教授をされていた脳神経外科教室に入局いたしました。それから平成9年から約19年間、長きにわたって県立広島病院に勤務させていただきました。前の院長で、当時脳神経外科の主任部長でいらっしゃいました木矢 克造先生に、本当に長くご指導していただき大変感謝しております。それから2016年の1月から栗栖 薫元教授のご高配によって島根県立中央病院脳神経科部長として勤務させていただきました。それから2018年4月から安佐市民病院に異動しまして、1年半勤務した後に昨年の9月から翠清会梶川病院に勤務しております。実は島根県立中央病院に勤務しているときに、以前から親しくお付き合いさせていただいた、翠清会梶川病院の理事長であります若林 伸一先生から、広島で一緒に働かないかと声をかけていただきまして、それがきっかけとなり現在に至っております。梶川病院は梶川 博先生が、まず脳神経外科の専門病院として開設されました。ちょうど今年が40年という年になります。40年の節目の年に院長を拝命いたしましたことを嬉しく思っております。現在病院は143床で急性期、脳卒中の急性期から回復期リハという形をとっておりまして、神経内科が5名、そして脳神経外科6名という体制で診療を行っております。神経内科は以前から広島大学の関連病院として多くの広仁会の先生方が勤務されておりますが、脳神経外科は実は私が広島大学卒業は初めてでございます。益々先生方におかれましては、病院の方を身近に感じていただいて、私も脳神経外科医としてまだまだ現役でやっておりますので、何か私にお手伝いできることがありましたら何なりとお申し付けいただければ幸いでございます。ただ院長としましてはまだまだ未熟でありますので、先生方のご支援をいただくことが多々あるかと思います。ぜひ今後とも変わらぬご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
       
  一ノ瀬病院院長 一ノ瀬 信彦先生(平成17年卒)

 広仁会の先生方には日々本当にお世話になっておりましてありがとうございます。一ノ瀬病院は今年、開設から68年目を迎えておりまして、この間やってこられているのも本当に先生方のご支援あってこそと日々実感しております。また私としてはまだまだ若輩で未熟なところがありますけれども、一般急性期病棟、回復期病棟、療養病棟とそれぞれありまして脳神経外科に加えて整形外科、脳神経内科、外科等ございますので、何らかの形で皆々様のお役に立てることがあればと思い職員一同力合わせてやっていきたいと思いますので、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
8.新規開業の挨拶
  母と子のまきクリニック院長 兵頭 麻希先生(平成8年卒)

 私は平成8年に広島大学を卒業して5年間、研修医のときから5年間外の病院で勤務し、その後ずっと広島大学病院の方で色々勉強させていただきました。19年半ほど広島大学病院で過ごさせていただいて、本当に今お世話になった先生方も目の前にして緊張しております。母と子のまきクリニックを去年の5月に開院いたしまして、大学病院の方で勉強させていただいていた遺伝医療で、私の専門は出生前診断になりますが、それを専門としたクリニックにしたいなと思い開院しました。産婦人科の一般診療も行っておりまして、今開院して1年ちょっと経ったのですがコロナのこともありまして、ゆっくり長い目で頑張っていきたいなと思っているところです。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。
9.閉会の辞
  広仁会広島支部 副支部長 白根 雅子先生(昭和58年卒)

 私は府中町で開業しているのですが、府中町っていうのは広島に囲まれたところで、いつも広島の広仁会が羨ましいなと思いながら眺めさせていただいていたところ、私住所は広島市なのですが、規約によると住所が広島市だったら入れると誘ってくださいまして、こちらの広仁会広島支部に入らせていただきました。私は2年前から広島県眼科医会の会長をしていたのですが、その後日本眼科医会という組織の会長にご縁あって就任させていただきました。この6月に2期目に再任されまして、がんばってお仕事をしております。日本眼科医会といいますのは眼科を標榜する医師がほぼ全て加入していまして、15,000人位の会員がいます。女性が大体40%位で、歴史的に女性の多い科なんですね。そういうこともあり私が会長になるということが起こったのだと思います。全国組織の会長になりますと、週に2回位東京に行くようになりまして、2年前から結構東京往復が大変だったのですが、このコロナが起こりまして、ぴたっと3月から東京に行っておりません。行かなくても全部会務が成り立っています。ウェブを全部整備しまして、全国会議もウェブでやるようにしまして、東京に行かなくてもできることがわかりました。日本眼科医会っていうのは眼科医の医会活動をしているわけですけれど、今年は2020のパラリンピックがあるはずでした。パラスポーツの中に視覚障害者スポーツというのがあります。そういうこともありまして、国民の眼を守る活動をしようということで、人生100年時代の国民の眼を守るという活動を進めております。乳幼児期は弱視という病気、子供は近視、若者になりますとコンタクトレンズによる眼障害、大人になりますと緑内障というような病気が出てきます。この緑内障っていうのが40歳以上の20人に1人位います。いつの間にか見えなくなってしまうという怖い病気ですので、この病気を国民の皆様に知っていただいて、歳をとっても健やかな目を持って快適に暮らしていただきましょうという活動をしているところです。先程のウェブ会議に戻りますが、組織の中ではウェブを利用して、私が東京に行かなくても色んなことが運営できるということがわかったのですが、全国組織というのは、例えば議員の先生とか省庁の方とかとの面談があり、また色々な会議もあります。そういうときに、やっぱり東京に行って直接お会いしないと失礼になるかと思いますよね。私は勇気を持ってこの前議員の先生とか厚労省の方にお聞きしました。そうしますと、このたびデジタル庁が立ち上がったということもあるのですが、遠慮はないのでウェブを使うということをどんどん実行してくださいと言われました。今まで地方の先生方が東京に行くまでは色んなことが実現できなかったということが地方の発展を妨げてきたと思いますと仰ってくださいまして、そうなんだなと思いました。私はこれからも遠慮せずに中央の方たちとウェブでお話をしようと思っております。広島は結構陸の孤島ですよね。東京に行くのに4、5時間かかりますし、往復1日使わないといけないという状況ですので、これからは先生方もウェブを使って、ぜひ広島の大学それから広島の医師会が中央に存在感を示せるように頑張っていただきたいと思っております。以上をもちまして私の閉会の挨拶とさせていただきます。コロナに負けないで頑張ってまいりましょう。どうも皆さんありがとうございました。


あとがき
 令和2年度の総会・懇親会は、コロナ禍のため開催が危ぶまれていましたが、ご参加いただいた先生方やホテル側の徹底した感染予防対策へのご協力により、なにより檜山支部長の開催に向けての熱意により実現することができました。久しぶりの会はとても新鮮でそれは楽しいものでした。現在(令和3年3月中旬)、ワクチン接種体制が整いつつありますが供給が追いついておらず、各地で変異株の検出が報告されています。まだまだ予断を許さない状況です。先生方におかれましてはくれぐれもご自愛いただき、またこの場でお会いできますことを楽しみにしております。
平尾 健(平成4年卒)